東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)100号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由について判断する。
1 取消事由(1)について
本願発明の要旨が右当事者間に争いのない請求の原因二の特許請求の範囲に記載されたとおりであることは原告の認めるところである。そこで先ず、本願発明の要旨中、審決が第二引用例との相違点(2)としてとりあげた構成、すなわち特許請求の範囲に液体塗料を作る工程に続く第二工程として記載されている「……凝固用液体を入れた槽内の前記凝固用液体中に液体塗料を噴出せしめ前記凝固ことにより、前記凝固用液体の存在において液体塗料を所望の粉末塗料粒子径に比例した大きさを有する均一組成の微小滴に物理的に微細に分割する工程」(以下、「第二工程」という。)の意味について検討する。
成立に争いのない甲第五号証により認められる本願明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載によれば、第二工程に関して次の記載があることが認められる。
(一) 固体塗料又は塗料の固体成分を粉砕等の機械的摩擦作用を含む方法によつて粉末にする従来既知の粉末塗料製造方法と比較して本願発明の特徴を概括的に説明する部分において、「本発明によれば、先ず従来既知の適当な液体塗料を製造し、次に塗料の非溶剤部分の凝固又は沈澱(析出)を制御して行なつて粉末形状とする。」(甲第五号証明細書三頁五ないし八行)。「沈澱又は析出した粉末の粒度を制御するためには液体塗料と凝固用液体とを混合する割合および二種の液体の完全な混合が極めて重要である。本発明者等は製造される粒子の粒度が塗料溶剤を希釈する割合に逆比例し且つ粒度範囲が混合の完全さに正比例する……ことを確かめた。」(同頁一二行ないし四頁二行)とし、この知見に基づいて本願発明がなされた旨を説明し、本願発明の主な工程は、既知の適当な液体塗料を製造する第一工程と次に述べる第二工程からなり、これ以外の残りの工程である沈澱又は析出した粉末塗料を種々の既知の方法で洗浄及び処理する工程は選択工程であると説明して、第二工程につき、「本発明の第二の主な工程は、溶剤と混和性を有し、しかも残りの塗料系すなわち顔料およびフイルム成形体に対する溶剤を構成しない液体媒質中に塗料を急速且つ一様に希釈することである。かかる希釈は粉末に希望される物理特性および製造工程上の経済性によつて後述するように種々の方法で行うことができる。」(同七頁一ないし七行)と述べている。
(二) 本願発明の実施例を図面につき説明する部分において、「塗料および溶剤の初期条件が満足された後希釈および凝固を行なう方法および速度が粒子の大きさおよびその分布を決定する。」(同九頁五ないし八行)。「この方法の一つは、液体塗料を容器内で攪拌した後、多量の凝固用液体中に迅速に注入して塗料の非溶剤部分の凝固を完了させることである。」(同頁九ないし一一行)。「バツチ方式に同様に好適な他の方法として凝固用の第二液体の容器を振動して攪拌された第二液体中に準備した塗料を徐々に注入することである。」(同頁一六ないし一八行)。「第三の方法は、本発明の好適実施例でもあり、連続的製造に極めて好適で粒度の制御および粒度分布の制御を前述した第一および第二の方法に比べ遥かに厳密に行なうことができる。この第三の方法では、塗料入口の下側に設けた容器内に液体Bを供給しながら、この液体Bの容器を回転羽根型高速ミキサーによつて激しく攪拌する。塗料混合物の出口ノズルを液体Bの攪拌が最つとも強力に行なわれているミキサーの羽根の近くで液体Bの表面より下側に固着する。次に、塗料混合物を出口ノズルを経て攪拌液体B中に高圧で注入する。この注入作業によつて塗料の流れは小さな粒滴に瞬間的に分散される。これらの粒滴中の溶剤は液体Bに混和し得るから粒滴から出て、この結果粒滴は塗料の非溶剤部分の微小粒子を形成し(これらの非溶剤部分は液体B中に溶解しないから)、粉末となる。」(同一〇頁八行ないし一一頁四行)と記載して、第二工程の好適実施例が右第三の方法であることを説明している。
次いで、使用される機械装置につき、「予定の塗料、液体Aおよび液体Bに対し凝固粉末の粒度は使用される機械装置によつて相当制御することができる。機械装置の必要な特性は液体塗料に液体Bを迅速に完全に混合し得ることである。」(同一八頁二ないし六行)。「粒滴の大きさは最終的に得られる粒度に関係する。従つて、混合が迅速に行なわれ且塗料粒滴の小さくなるに従つて得られる塗料粒子の粒度が小さくなる。」(同頁九ないし一二行)。「第三の方法として上述した好適例においては、予定の圧力および攪拌に対するノズルの大きさを小さくするに従つて製造される粉末の平均粒度を小さくすることができる。同様に、圧力を高くするに従つて粉末粒子の平均粒度を小さくすることができるが、しかしこの効果はノズルの大きさによる効果程強力でない。攪拌も又粒度に幾らかの影響を及ぼすが、この攪拌を十分激しくしたとしても余り大きな効果は生じない。これがため塗料を液体B中に注入するために更に高い圧力および更に小さなノズルを用いる装置によつて得られる粉末はこれよりも低い圧力および寸法の大きいノズルを用いて塗料の非溶剤部分に対し比例的に多量の液体Aを有する塗料から得られる粉末と同様の粒度とすることができる。」(同頁一三行ないし一九頁七行)とし、最終的に得られる粒度に関係する粒滴の大きさは液体塗料と凝固用液体の割合が一定であれば、混合の速度、度合によつて定まることを明らかにしている。
(三) 一一例挙げられた実施例のうち、実施例Ⅱには、第二工程につき「……液体塗料の五〇gをワーリングプレンダーモデル一一二〇の高速ミキサーによつて攪拌中の三〇〇gの水中に手で注入した。」(同二二頁一六ないし一八行)と記載され、実施例Ⅸ、Ⅹも同じ操作を行つている旨説明されている。実施例Ⅲには、第二工程につき、「この液体塗料を〇・七一mm(〇・〇二八インチ)の直径を有するノズルを経て七kg/cm2(一〇〇Psi)の圧力で三〇ガロンのドラム内の二〇ガロンの攪拌水中に送入した。この水をシヤーモデルS―二〇のような高速ミキサーによつて二〇〇〇rpmで回転する鋸歯付き六インチ回転羽根によつて攪拌した。鋸歯羽根およびノズルを水面下で互に隣接して設けた。」(同二三頁一〇ないし一七行)と記載され、実施例ⅣないしⅧ、ⅩⅠも同一の装置を用いて同様の操作を行つている旨説明されている。
(四) 「本発明を実施するに当つては、次のようにするのが好適である。」として二〇項目を示す部分には、「(5)……混合中に凝固用液体と液体塗料とを実質的に混入点において激しく攪拌する。」「(6)……液体塗料を凝固用液体中に導入し、実質的にこの導入点において液体塗料と混合用液体とを激しく攪拌する。」(同二八頁一三ないし一九行)と記載されている。
以上の記載によれば、相違点(2)にかかる第二工程において、液体塗料を所望の微小滴に物理的に微細に分割するために重要であるのは、液体塗料と凝固用液体とを混合する割合とこの二種の液体の迅速完全な混合であると説明されていることが明らかである。したがつて、本願発明において、第二工程の「凝固用液体中に液体塗料を噴出せしめ前記凝固用液体槽内における回転羽根に液体塗料を衝突させること」は右混合のための攪拌手段として採用された手段であることもまた明らかであるといわなければならない。
原告は、本願発明のように凝固用液体中に液体塗料を分散させて粉末粒子を得る場合には、単純な攪拌による剪断力では微細分割された固形分は得ることができなくなるので、分散初期の液滴の粒子径をできるだけ小さくするためには分散初期において液体塗料を回転羽根へ直接衝突せしめ、この直接衝突による剪断力を用いることが必要である旨主張する。しかし、第二工程に関する本願明細書中の前記記載中に原告の右主張を裏付ける記載がないことは明らかであり、また、本願明細書の他の個所にもこのような記載がないことは前掲甲第五号証により明らかである。すなわち、本願明細書の記載によれば、本願発明において凝固用液体槽内に設けられた回転羽根の役割は液体塗料と凝固用液体とを十分に混合するためにこれを攪拌することであり、「回転羽根に液体塗料を衝突せしめること」が回転羽根により凝固用液体の攪拌がもつとも強力に行われている個所に液体塗料を注入して両液を混入点において激しく攪拌し、両液を迅速に完全に混合し、この両液を回転羽根により攪拌することによつて生ずる剪断力によつて液体塗料の粒滴を微粒化して所望の粉末粒度を得る手段であると理解することはできるが、それ以上に、原告主張のように回転羽根による凝固用液体と液体塗料の攪拌によつて生ずる剪断力とは異なる液体塗料の回転羽根への直接の衝突による剪断力の利用を特に目的とするものであることまで開示されているとは到底理解することができない。原告の右主張は採用できない。
一方、成立に争いのない甲第二号証、乙第一、第二号証の各一ないし三、同第三、第四号証によれば、本願の優先権主張日以前に頒布された文献に、被告が取消事由(1)に対する反論において示す各記載のあることが認められる。これらの記載によれば、液の乳化装置として回転体の内で軸に放射線状に埋め込まれた刃を有する回転子が高速度(三〇〇〇ないし二〇〇〇〇rpm)で回転する機構のタービンミキサーあるいは攪拌式ホモミキサーを用いること、この装置によつて、相を異にする二液を回転子の回転によつて攪拌混合し、この二液の攪拌によつて生ずる剪断力により乳化すべき液の粒滴を微粒化する技術は、すでに本願の優先権主張日前周知の技術であつたことが認められる。もつとも、回転羽根に一方の液体を衝突させることが周知であつたことを認めるに足りる直接の証拠はないが、右認定の周知技術が本願発明の第二工程における回転羽根に液体塗料を衝突させる攪拌混合の手段と技術思想として同一の範疇に属することは、前叙したところにより明らかである。
したがつて、審決の周知技術の認定は誤りとはいえず、これを前提として相違点(2)につき当業者が必要に応じて容易に想到できたこととした審決の認定判断は正当である。原告の取消事由(1)の主張は採用の限りでない。
2 取消事由(2)について
取消事由(2)の主張は、液体塗料の回転羽根への直接の衝突による剪断力を用いることが本願発明の技術内容であるとの原告の右主張を前提とするものであり、この前提の誤つていることは前叙のとおりであるから、取消事由(2)の主張も失当である。他に、本願発明の効果が第一ないし第三引用例の発明から容易に予測できた程度のものと認めた審決の判断に誤りがあることを根拠ずける主張立証はない。
3 以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、審決にこれを取り消すべき違法の点は見当らない。
四 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却することとする。
〔編註〕 本件における特許請求の範囲は左のとおりである。
溶剤部分と顔料を含むフイルム形成部分とを有する液体塗料を作る工程と、溶剤部分とは混和するがフイルム形成部分のための溶剤ではない凝固用液体を入れた槽内の前記凝固用液体中に液体塗料を噴出せしめ前記凝固用液体槽内における回転羽根に液体塗料を衝突せしめることにより、前記凝固用液体の存在において液体塗料を所望の粉末塗料粒子径に比例した大きさを有する均一組成の微小滴に物理的に微細に分割する工程と、前記微小滴より溶剤部分を除去するため前記凝固用液体により前記微小滴を希釈してフイルム形成部分を粉末塗料として沈澱せしめる工程と、前記溶剤部分と凝固用液体の混合体より粉末塗料を分離せしめる工程とより成る粉末塗料の製造方法。